寅次郎がゆく!

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ラムネ

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ラムネ(生後40日の頃)。

インチキなパグだった。
耳は立っているし、いつまでも経っても色は黒いまま。
他の兄弟は徐々に色が抜けていったのに…。
体もずっとガリガリのままだった。



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生まれて来た時こそみんなと同じ大きさだったけれど、
次第次第にその大きさに開きが出て来た。
いくら個体差があるとは言え、兄弟とは思えない感じだった。

無理も無い…。
自分ではさくらの乳も飲めなかったのだから…。

生まれつき口外裂の為、さくらの乳が飲めず、
ただたださくらの乳に吸い付くだけだった。

結局、カテーテルで胃に直接ミルクを流し込んでやって、
栄養を与えてやったのだった。

カテーテルをラムネの口から胃まで入れるのは、
やるのも、見るのも、正直言って辛かった…。
ラムネも苦しそうに見えた。

けれど、ミルクを流し込んでやると、
ラムネはさくらの乳を飲んでいると思えるのか?
さくらの乳を押すような格好をみせた。
健気だった…。

母の頑張りにより、ラムネは少しずつ大きくなっていた。
他の兄弟が成長するスピードにはついていけなかったけれど…。

母はよく頑張っていた。
乳を欲しがる子犬達の面倒をみる為に居間に寝泊まりした。

帝王切開だった為、子供を生んだことを認識できないさくらを横にし、
自分で乳を飲める子犬達をさくらの乳に吸い付かせ、
ラムネにはカテーテルでミルクをやった。

ラムネにミルクをやる時には俺も少しは手伝ったけれど、
母の頑張りには頭の下がる思いだった。

母の頑張りが通じたか、
ラムネは日増しに元気になっていった。

両目が開いたのが一番早かったのもラムネだし、
鼻が黒くなるのが一番早かったのもラムネだった。
そして、自分の名前を認識できるのが一番早かったのもラムネだった。

ラムネ〜!と呼べば、おぼつかない足取りながらも
歩み寄ってくることのできる賢い犬だった。
(同じ時期、他の子犬は自分の名前すらなかなか認識できなかった。
それはラムネだけ隔離されていたせいもあるのかもしれないけど…。)

誰もがラムネの健やかな成長を信じてやまなかったのに…。
別れは突然やってきた。

朝起きると、ラムネは母の膝に抱かれたままだった。
「なんか調子が悪そうなのよね。元気もないし…」、母が不安げに言う。
ラムネは母の膝の上でじっとしていた。
「あれっ!?」、母が冷たさに気付いてラムネを膝から下ろした。
ラムネはおしっこをしてしまったらしい。
それを拭き取ると…血尿だった…。
ラムネはヨタヨタと歩いて、母犬さくらの方を向いて、
ちょこんと(まるでさよならの挨拶をさくらにするかのように…)座ると、
今度はミルクを吐いた…。
苦しげな姿を見せるラムネを、母が病院に電話をする間、
(今かかっている獣医さんは、高崎のヤブと違い、極めて良心のある人で、
時間外でも快く診てくれる。)
俺はずっと擦っていた。
ラムネの名前を呼び、何度も何度も擦った。
けれど…、ラムネの体は次第に冷たくなっていった…。

病院に着いた時には…ラムネは…。

生後50日だった…。
よく頑張った。
自分で乳を飲むことはできなかったけど、本当によく頑張った。
また、母の頑張りも相当なものだった。

ラムネが50日生きたことを知り合いのブリーダーさんも驚いていたくらいだし、
それは母の頑張りによるところも大きいというようなことを言っていた。

ラムネにも健やかに生きてほしかったが…、
ラムネは家に負担がかかることを気にしてか…?逝ってしまった…。

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小さいながらも元気だった頃のラムネ

短いながらも、ラムネは元気に、一生懸命に生きた。
そして、駆け抜けるかのように遠い星の彼方に行ってしまった。

およそパグらしくない、インチキなパグだったけど…、
いつかはちゃんとパグらしい姿を見せてくれるものだとばかり思っていたのに…。

今日はラムネの命日…。
ジュリアと一緒に元気にやってくれているだろうか?
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by torajiro-joshu | 2007-08-22 23:54 | 愛犬(パグ) | Comments(0)

私、寅次郎の好きな山、温泉、食べ歩き、愛犬(パグ)等に関して気ままに綴っていきます。


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